片桐勝則の日々つれづれ
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NO,140 2011年 1月25日
今こそ手を取り合ってひとつに 発行 のべやま動物診療所
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厳しい寒さが続いています。乾燥した空気がのどを痛め、インフルエンザウイルスの感染を容易にします。うがいや手洗いを励行しましょう。最近散歩をしている方を良く見かけます。年末年始で溜まった脂肪が、気になりますが、犬と一緒に運動不足を解消(?)しようかと思っていますが、中々手綱に手が届きません。さて、先月に続いて、今月も牛の病気が少なくゆったりさせてもらっています。今のうちに税金申告の準備もそろそろ始めなければと考えています。JAの関係者にお聞きすると野菜の売り上げは、昨年度比約20%増だそうです。年末年始、比較的笑顔の農家が多かったように思えますが、実態は、「格差が生じている」と指摘する声もあり、単に楽観はできないようですが、それでも所得の増加があれば、いろんな分野で好転の兆しが見えてきます。例えば、村の国民健康保険特別会計では、被保険者の所得が増えれば仮に料率が前年度と同じであれば、国保税収は増加し、所得増の効果が顕著に現れます。今年度の医療費が、減少あるいは、横ばいであれば、新年度の国保税率を軽減することができます。
《TPP参加反対!農業は人間生存の原点》
「何はなくとも『米』があれば」「人間生存の原点は食料であり、農業である」と先人は語り継ぎ実践して農業を発展させてきました。この狭い日本に1億2千万人もの人間が生きていけるのは、森林が作り出す豊かな水と連作障害がなく反収効率の良い稲作があるからです。
確かに豊かな文明と経済発展は、科学の発展と第2次産業の開花によるところが多大であると思いますが、今、その企業の株主は、海外の大資本家による占有率が高まり、その大企業によって、日本の政府が牛耳られてきていると言う実態があります。TPP(環太平洋連携協定)への参加交渉はその最たるものです。この交渉相手には、農産物輸出大国のアメリカとオーストラリアがあります。
このTPP参加には、医師会や金融、保険、郵政関連業界からも警鐘が鳴らされています。あまりにも少ない情報の下で、大手マスコミが「開国すべき」とばかり菅首相の理のない開国論を大きく報道し、世論誘導をしています。マスコミのスポンサーを見ればその行動もうなずけます。日本のマスメデイアが、その精神である中立報道を投げ捨て、スポンサー言いなり、政府言いなりに堕落し、本分をわきまえない体勢になりつつあります。
こうしたマスコミの報道に翻弄されることなく、大切なものは何かしっかり見極めなければならないときです。同時に、私たちは、農業や地域経済、暮らしや地域社会を守るためにマスメデイア以上の情報発信をしなければなりません。今回ばかりは、黙っていては、自らの首を絞めることになります。
オーストラリアの大洪水、ロシアの干ばつ、世界の穀物など食料価格が値上がりしています。仮に、TPP参加によって、関税を撤廃し、食料のほとんどを海外に頼ってしまったら、確実に訪れる世界の食料不足に、日本人はどう対処するのでしょうか。いったん荒らした田んぼは、そう簡単には元には戻せません。日本人が食料を自給することは、世界への貢献にもつながります。日本の農産物の平均関税率は、11,7%とアメリカ(5,5%)以外の諸外国(たとえばEUは19,5%)よりも低く、すでに開国の状態にあります。これ以上何を「開国する」というのでしょうか。開国を迫るアメリカ政府の農家への農産物の生産費用の直接補助率は50%と言われ、アメリカは低コストで生産された農産物を海外に輸出する食糧経済戦略を展開しています。日本は、日米安全保障条約の下、軍事・経済の両面で、アメリカの従属化が強化され、アメリカの世界戦略の枠に深く組み込まれ、すでに半世紀が過ぎようとしています。
このTPP問題から明らかなように、日本が真に独立した国家に生まれ変わるには、日米安全保障条約の廃棄がどうしても必要です。その上で、アメリカとは平和友好条約を締結することが良識ある独立国日本としての進むべき道ではないでしょうか。TPP問題から見えてくるものは、日本の主権が、一部の輸出大企業やアメリカではなく国民にあるということをないがしろにする民主党菅政権の横暴さではないでしょうか。
《長野県地方税滞納整理機構が4月から稼動、市町村はいわゆる悪徳滞納者の整理開始!》
村税や県税の徴収事務は、村の仕事として現在行われていますが、国は、これらの税の「悪質な滞納者対策」と言うことを口実に、各都道府県単位に「地方税滞納整理機構」を組織させ、この機構が市町村に替わって強引に滞納整理を進めることを推進しています。長野県と県下77全市町村では、この2年余り、この機構の設立に向けて研究をし、昨年9月、県下の全市町村でこの機構の設置規約案が議会に上程され承認されました。そしてこの4月発足・稼動の見通しとなりました。
「地方税滞納整理機構」では、当面全県下で、千件の滞納者整理を各市町村から移管してもらい、約17名の職員でその徴収を開始することになっています。そのため各市町村は、1月中に滞納者に対し、「あなたの滞納した税金の徴収事務を整理機構に移管しますよ」と言う通知(移管通知)を発行し、「移管」対象になりたくなければ税金を払いなさいという脅しとも取れる業務が全県で開始されました。
南牧村の移管対象滞納者数のノルマは、当面3件です。南牧村では、移管すべき滞納者の条件を大口滞納者、整理困難な滞納者、身近過ぎるあるいは遠方過ぎる滞納者など、一定の条件を総合的に判断する(9月議会一般質問の答弁より)としています。しかし、移管通知を発行する滞納者、および最終的に「地方税滞納整理機構」に移管する滞納者の基準設定を条例や要綱等で明文化することが行われないために、担当職員任せになってしまい、議会ではそれをチェックできない状況を生み出してしまいます。移管すべき滞納者の基準設定の明文化の必要性を改めて訴えていきたいと思います。
《南牧村畑地帯総合整備計画(畑総)の地区毎の説明会始まる》
村は、畑総の計画案をまとめ、24日の野辺山、広瀬地区を皮切りに各地区での説明会を開始しました。この畑総は県営事業であり、実施には、関係者の7割以上の同意が必要です。
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NO,139 2010年12月25日
今こそ手を取り合ってひとつに 発行 のべやま動物診療所
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1年経つのは本当に早いものです。今年のトップニュースは、やはり、宮崎県で10年ぶりに発生した口蹄疫で、その初動態勢の悪さとそのウイルスの猛威が問題になりました。次に、やっぱり、TPP=環太平洋連携協定への日本政府の参加交渉の是非問題でしょうか。それらを占うように、正月そうそう牛乳の生産調整があり、酪農・畜産にとって幸先のよいスタートではありませんでした。よい話題が少なかった1年に思えます。一方、冬季オリンピックへの参加、後継者の結婚、また、赤ちゃんが生まれるなど明るい話題もありました。あらためまして、一年間大変お世話になりました。
《宮崎県獣医師会児湯支部発行「2010年口蹄疫の現場から」を読んで》
「当初、私達地元獣医師は何らなす術もなく傍観し、ただ農家の悲鳴を聞くだけの悶々とした日々を送らねばならなかった」「殺処分の中盤からは大半の地元獣医師も参加するようになり日本の歴史上類例をみない苛酷な体験をしました」「私達には、この筆舌に尽し難い大惨事を記録して後世に伝える義務がある」とこの記録集を発行した矢野児湯支部長さんの巻頭言に始まる支部会員の体験集を読み進めるに付け、口蹄疫の恐ろしさと、人と家畜の切っても切れない長い歴史から生まれる「情」とそれを断ち切る勇気と決断には、何度も涙しました。
「子どもが下校時に「口蹄疫マン」と言ってからかわれて泣いて帰ってきた」と口蹄疫の第一通報獣医師としてマスコミ取材にも応じた青木先生のご子息の話や「すべての殺処分が終わった。しばらくして、ある牛農家の訃報が耳に入った。自分の牛が殺処分された1週間後に亡くなったという。心配性のじいちゃんだった」と記した橋本先生の話や「私がワクチン接種の準備をして畜舎の中にいき、牛に接種しようとワクチンの入ったシリンジ(注射器)を取り出すと、急に畜主の方がシリンジを取り上げ、自分に刺そうとされました」と記した浅田先生のやるせない農家の苦悩の場面など、何度読んでも胸が熱くなります。
そして、寄稿された獣医師の多くの方々が、「情報がまったく入らなかった」など個人情報保護法の基必要な情報が共有できなかったことへのもどかしさや、「初期段階で、こちらから要請しても殺処分の援助の依頼がなかった」など地元農家と最も信頼関係にある地元獣医師への処分援助依頼が県、市町村から当初全くなくなかったことへの切なさや「国の組織する易学調査チームの結論に全幅の信頼をおいて待機していたところ、真実は置き去りにされ、体制にとって都合の良い筋書きが着々とつくられている不気味さを感じます」「もう二度とこんな体験はしたくないし、辛い想いをしている人も見たくない、罪もなく処分される家畜を増やしてはいけない。そのためにも、国をあげて是非、進入経路を解明していただきたい」など、初発原因、感染経路、拡大の原因を求める切実な要求が述べられています。
さらに、係った獣医師自身の体験として、「作業に係って半月~1ヶ月間、疲れているのに眠れない、眠りが浅い、眼が早くさめる。といった共通の症状がでます。」「なぜ家畜をころさなければならないのか?なぜ日本に口蹄疫が侵入したのか?感染拡大の恐怖に四六時中さらされ、どんどんどんどん追い詰められ逃げ場がなくなり、喪失感、失望感、怒りなど、様々な感情が入り乱れていました。はっきり言って、皆おかしくなっていました。」「殺処分後はかつて見たこともないような怖い夢を二度見ました。」「ワクチン接種後に向かった往診では、(中略)どこまで治療するべきなのか、かえって感染のリスクを高めるのではないかと治療終了のタイミングが計れなかった。これほど牛を治療することに矛盾を感じた時期はなかったように思う。」など係った獣医師の肉体的精神的ストレスの厳しさが語られています。
この「2010年口蹄疫の現場から」と題した宮崎県獣医師会児湯支部からのレポートを是非読んでいただきたいと思います。
そして、関係者・関係地域の一日も早い復興と侵入路の特定と感染拡大原因の解明がなされ、今後の口蹄疫対策の合理的な施策が組まれることを望みます。
《12月議会定例会、TPP=環太平洋連携協定への日本の参加反対を全会一致で採択》
12月南牧村議会定例会は、12月22日最終日、環太平洋連携協定(TPP)への日本の交渉参加に反対する議案を全会一致で採択し、衆参両院議長と菅内閣総理大臣はじめ関係大臣に意見書を提出しました。これは、JA長野八ヶ岳と農民運動全国連合会佐久農民センターから提出されたTPP反対の請願に応えたものです。
菅民主党政権のTPPへの交渉参加表明に対する反響は大きく、日本医師会は、12月1日TPPへの参加に対し、賛否は表明しないものの、医師、看護師、患者の国際的な移動が医師不足・医師偏在に拍車をかけ、さらに地域医療を崩壊させるなどと4項目に渡って問題点を提起しました。
くどいようですが、TPPへの参加は、JAの組合長が「トヨタとパナソニックに脅されれば、この始末だ」と指摘するように2000社に1社のわずかな輸出関連大企業の思惑と、アメリカやオーストラリアといった輸出大国の日本への圧力が、影にうごめいていることを認識しなければなりません。
日本の農産物の中で、バターの関税率は360%、脱脂粉乳は218%など19品目については10%以上ですが、農産物の平均関税率は、11.7%ですでにEUの19.5%よりも低く、一部の財界が非難するような鎖国状態ではなく、すでに開国をしている状況です。
牛乳に関して言えば、国際乳価が導入されれば、キロ80円台の乳価は、19円に下落するといわれ、とても酪農を業として営むことはできなくなります。
今は沈黙している大手乳業メーカーが、TPPについてどのような考え方でいるのか気になるところです。北海道では6割減、都府県では壊滅状態になる酪農業が、関係業界に与える影響は計り知れません。いまこそ声を上げ、自らの経営を守るときではないでしょうか。
《来年は、身近な選挙の年》
来春4月には、一斉地方選挙として村会議員選挙が行われ、また、秋11月には、村長選挙が行われます。来る元旦は、南牧村の今後4年間の進路を決める重要な年の幕開けです。
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NO,138 2010年11月25日
今こそ手を取り合ってひとつに 発行 のべやま動物診療所
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急激な寒さで、今年はきれいな紅葉を見ることができませんでした。庭の広葉樹の葉は、ほとんど落ちその上を歩くとガサガサという音とともに弾力のある感触が靴底に伝わってきます。ゆったりした気分でストーブのたき付けの小枝を拾い歩くのも楽しいものです。
《TPP=環太平洋連携協定への日本の参加は国土・国民の命取り!》
すでにマスコミ等で大きな問題として取り上げられているTPP=環太平洋パートナーシップ協定は、100%関税を撤廃するという協定で、現在、チリ、ブルネイ、シンガポール、ニュージーランドの4国に加え、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナムが参加を表明し交渉が始まっていて、10月にはマレーシアが交渉に参加しました。
農水省の試算では、TPPに参加し、関税が完全撤廃されれば、日本の食料自給率は現在の40%から13%(カロリーベース)に大きく落ち込み、稲作、酪農、畜産等日本の農産物生産は、大幅に落ち込み壊滅状態になるとしています。農業ほか関連業種への就業減少者数は、350万人(日本の現在の失業者数に匹敵)に及ぶと言われます。
菅首相は、TPP参加をなぜそんなに急ぐのでしょうか。企業団体献金の自粛が復活しました。大手輸出関連大企業は、財政赤字と貿易赤字を抱えたアメリカ一辺倒の貿易では、先細りと判断し、市場を新興国に求め、政府に圧力をかけています。もうひとつの原因は、アメリカが、ASEAN諸国とFTA(自由貿易協定)交渉を進める中国にけん制する意味でTPPにおいて主導権をとりたいと考え、日本政府にこれまた圧力を強めています。まさに、大企業とアメリカ言いなりの政治のお手本を見ているようです。
日本の胃袋と国土保全をかなぐり捨てる従属外交に大きな批判が沸き起こっています。この国とこの地の畜産・酪農を守るために今こそ立ち上がるときではないでしょうか。
《北朝鮮の無法行為、韓国への砲撃を非難する》
24日北朝鮮が、韓国の延坪(ヨンピョン)島に砲撃を加え、民間人を含む死傷者がでたと報じられています。これは、国際法上も南北両国間の諸合意にも反する許しがたい暴挙です。同時にこれ以上の軍事的緊張が高まらないように日本政府も関係諸国と連携を取るべきです。朝鮮戦争以来、休戦状態が続いているとはいえ、人がこの軍事行動で殺されても、誰も殺人罪に問われないと言う戦争の異常さは、本当に悔しく切ない思いになります。
日韓併合100年の年、同じ民族でありながら南北に分断された朝鮮半島の悲劇の歴史の原因が当時の日本政府にあるという史実を今このときにしっかり再認識しておく必要があると思います。その上で、外交力を持って平和的に解決する道筋をつけたいものです。
《沖縄視察研修報告その二、普天間第二小学校の706人の元気な子どもたち》
普天間第二小学校は、普天間基地のすぐ脇にあり、校庭の向こうは普天間基地の鉄条網です。この普天間第二小学校の老朽化に伴う改築の必要性が取り立たされた平成元年前後、約800メートル離れた地区への移転の計画が持ち上がりました。その当時、仮に移転すればほとんどの児童は国道を横断して通学しなければならなくなり、日常の危険性を考慮し、米軍機の危険性はあってもと、現存する場所に建て替えることにしたそうです。「苦渋の選択でした」と普天間第二小学校の知念校長が説明してくださいました。学校の窓は二重サッシの防音対策が採られていますが、エヤコンの使用期間外の4月や11月の暑い日には、どうしても窓を開けざるを得ず、米軍機の離着陸の際はとても授業どころではないとのことでした。また、校長先生が観察した7月12日(月)の午前10時からの1時間で、大型米軍輸送機の飛来は、14回、ヘリコプター9回とその爆音は3分間隔です。飛来回数は、日によって異なるそうですが、私たちが訪問したのは10月22日の金曜日でしたが、約60分の滞在中、たまたま米軍機の飛来はありませんでした。また、小学校では年に一回、米軍機の墜落を想定して避難訓練をしているそうです。学校訪問時、出会った児童は、皆明るく元気に笑顔で挨拶してくれました。宜野湾市の一等地を占拠する普天間基地、一日も早く基地が撤去されることを願わずにはいられません。
終日、沖縄のガイドを引き受けていただいた方は、琉球歴史ロマン街道「宿道」に参加する「沖縄観光アドバイザー」と言うグループの瑞慶覧さんでした。彼女の説明(ガイド)は、どの場所でも熱心でしたが、特に熱が入っていたのは、ひめゆりの塔の資料館前でのものでした。「ひめゆり」と言うのは、第三外科壕に配属された学徒隊を構成した沖縄県立第一高等女学校と沖縄師範学校女子部のそれぞれの校誌名「乙姫」と「白百合」から作られた言葉だそうです。印象的だったのは、第24師団第二野戦病院の従軍看護に当たった積徳高等女学校の女学生に「決して死ぬな!生きて親元に帰り、この戦争の悲惨さを後世に伝えろ!」と語った長野県佐久の出身の小池勇介少佐(病院長)が彼女らの生死を分けたという話でした。小池少佐は、この言葉を残して、学徒隊を解散した後、自決したそうです。
沖縄での地上戦で、「最後の1人になっても、米軍の捕虜になってはならない、自決しろ」と言う日本軍の指揮下にあって、命の大切さを説いた勇気に心を打たれました。
尖閣諸島や千島列島などの領土問題や北朝鮮の砲撃や核開発問題など「米軍の抑止力論」を声高に主張し、外交努力を二の次にしかねない政府やマスコミの報道が、本当に気になるこのごろです。戦争を望む国もその国民もいないと思います。憲法9条のある日本がその精神に則って平和外交を展開することが今最も重視されなければと感じます。
国体護持のための捨石にされた沖縄の歴史と戦後65年経ってもいまだに米軍基地が住民の暮らしを脅かしているという現実を基地のない土地で暮らす私たちは、しっかり考えなければならないのではないしょうか。
《農水省の「口蹄疫対策検証委員会」の最終報告の中身は?》
宮崎県の口蹄疫終息宣言から3ヶ月、農水省の検証委員会は11月24日に最終報告を行いましたが、初発原因・進入経路は解明されませんでした。県および国の対応の遅れ、ワクチン接種時期の遅れ、家畜伝染病予防法の早期改正、口蹄疫が疑われる際の通報の遅れにペナルテイーを課すべきなどと指摘した報告のようです。
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NO,137 2010年10月25日
今こそ手を取り合ってひとつに 発行 のべやま動物診療所
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我が家の庭にミズナラの実が沢山落ちています。子どもの頃このどんぐりを拾い集めて、こまややじろべいを作ってよく遊びました。中身をくりぬいて笛もつくりました。この秋、山ではどんぐりが少なく人里に餌を求めて熊が出没し、人への被害などがニュースになっています。今名古屋で、生物多様性を守る「COP10」(第10回目の生物多様性締約国会議)が開催されています。2年に一回開かれるこの会議の議長国、日本は、経済・利潤最優先を見直すことが国際政治の課題であることをしっかり認識し、イニシアチブをとってほしいと思います。
《子狐ゴンから秋のプレゼントが届きました》
先日帰宅すると、郵便受けの箱の上に、新聞紙に包まれたプレゼントが置かれていて、「あのときはありがとう・・ゴン」と書かれた手紙が添えられていました。その新聞紙の中身は、なんと希少まれな「山の幸」でした。今年はきのこが豊作と報道されていますが、この地でマツタケは、そうそう食べられるものではありません。破傷風と思われる症状・疾病を乗り越えた子狐ゴンの想定外の贈り物に感謝しつつ、美味しくいただきました。ありがとう!
ところで、野生動物を捕獲する場合は、「鳥獣の保護および狩猟の適正化に関する法律」に則って、県知事あるいは環境省の許可が必要です。例えばキツネは、狩猟対象動物ですから、県知事の許可対象になります。今回の場合、短期間で病傷が回復し野生に解放したので、特に手続きする暇がありませんでしたが、役場の林務係に事後報告しておきました。傷ついた鳥獣を保護し、飼育する場合は、必ず役場か地方事務所に連絡し、指示を仰いでください。
《豊かな自然・融和を重んじた琉球の歴史そして基地のまち沖縄を視察》
南牧村議会は、戦争と平和を改めて考えるために、連日報道される普天間基地のある沖縄・宜野湾市を中心に視察研修して来ました。
個人的には沖縄に行くのは、4回目になります。2度目の沖縄は、私が長野県連合青年団の第25次沖縄派遣団長を務め、沖縄県青年団協議会の案内で、戦跡やガマそして基地周辺を視察、伊江島の青年とも交流し、阿波根さんの「命(ヌチ)ド宝(タカラ)」の家も尋ねお話を聞いてきたのが、1987年のことでした。あの時すでに、沖縄での失業率は5%(本土3%)を越えていました。当時、伊江島の青年にとって、基地に勤める家族や親戚がある現実の中、基地問題は私たちが簡単に基地撤去を言えるほど単純ではないことを痛感して帰ってきたことを昨日のことのように思い出します。
今回、恩納(おんな)村役場を視察したときに、副村長さんはじめ職員の方々が丁寧に対応してくださいました。視察前の事前調査で、恩納村の約70億円の一般会計の歳入予算に対し、なんと25.7%(南牧村ではわずか1.6%)約18億円も「財産収入」があることが気になっていました。副村長さんとの懇談の中で、広大な山林を米軍の演習地として貸していてその借地料が約14億円入ってくるとのことでした。恩納村は、人口約1万人(南牧村の約3倍)の観光の町で、地方税収は南牧村の約2倍の13億円です。基地の借地料収入が大きな財源になっていると言う現実は今後、基地撤去運動を進める上での大きな課題と思います。
その課題を前向きに検討しているのが、普天間(ふてんま)基地のある宜野湾(ぎのわん)市です。市は、沖縄県とともに普天間基地の撤去後の土地をどの様に利用するべきか検討に入っています。「普天間飛行場跡地利用基本方針」がまもなく作成されることと思います。それが実行されれば年間4800億円の経済効果と3万2千人の雇用が生まれるそうです。
すでに実践しているのは、那覇(なは)市にある「那覇新都心」で、1987年に米軍が住宅地として使用していた牧港住宅地区214haを返還後、開発したものです。今では1万4千人の雇用が生まれているそうです。こうした実績を手本に基地に頼らないまちづくりが、あちこちで始まることでしょう。
米軍および米兵による事件事故が後を絶ちません。世界一危険な基地となっている普天間飛行場に隣接する沖縄国際大学の構内に米軍ヘリが墜落したのは2004年のことです。今は校舎も新しくなり、当時丸焦げになった一本の樹木のみが残されています。米兵による事件も多く、少女暴行、窃盗、交通事故等が頻繁に起きています。基地内では、米兵が水代わりにビールを飲み、そのまま基地外に車で乗り出すそうです。
その米軍は、朝鮮戦争やベトナム戦争の際、沖縄を海外拠点基地として大いに利用し、最近では、アフガニスタンやイラクへの侵攻の際も不沈空母として利用してきています。
沖縄の米軍は、米国のアジア戦略の重要拠点と位置づけ日本政府が出す思いやり予算の庇護の中で、割安駐留を戦後65年経つ今も続けています。日本にある米軍基地のうち75%(面積比)が沖縄に集中しています。「米軍の海兵隊がいることが諸外国からの侵攻の抑止力になる」などと言う人がいますが、危険と隣りあわせで暮す沖縄の皆さんの生命・財産を誰が守るのでしょうか。
終戦間近、沖縄は「松代の大本営の完成まで」と国体護持のために捨石とされ、硫黄島に次ぐ地上戦を強いられました。日本兵は住民を守るどころか、自決を強い、県民の4分の1がこの戦争で亡くなりました。もっと早く戦争を終わらせていれば、沖縄の悲劇も、広島・長崎の原爆投下もなかったのにと悔しく思います。戦後65年、その沖縄が、新たな戦争の拠点基地と化しているこの現実を一日も早く解消すべきと私は感じました。
11月28日には、沖縄県知事選があり、当面、普天間基地の移設が争点となります。立候補者は、基地容認の現職の仲井真(なかいま)氏と基地反対の現宜野湾市長の伊波(いは)氏の2人の決戦となりそうです。私は、伊波洋一さんの勝利を心から願っています。皆さんのお知り合いが沖縄にお住まいでしたら、ぜひ一言「伊波さんを応援して」と声をかけてください。視察中はあいにくの曇天でしたが、最終日は晴れ、じっとしていても汗が出る南国ならではの気候と青空、そしてエメラルドグリーンの海が別れを惜しんでくれました。
※ 沖縄視察・研修の報告は、次号にも続けて書きたいと思います。